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札幌地方裁判所 昭和60年(特わ)279号 判決 1987年3月26日

本籍

福岡県福岡市博多区千代四丁目二一番地

住居

札幌市豊平区真栄三一九番地

医師

比田勝孝昭

昭和三年一一月二二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官八幡雄治並びに弁護人田中燈一及び折居辰治郎各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年二月及び罰金四、〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四八年から同六〇年二月ころまで、札幌市豊平区真栄三一九番地所在の北全病院の院長を務め、精神科・内科の医業を営み。同病院の業務全般を統括掌理していたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、架空仕入を計上するなどの方法によりその所得を秘匿した上、

第一  昭和五六年分の実際総所得金額が一億三、一二四万〇、九六五円であり、これに対する算出税額が八、三五二万〇、二五〇円で、源泉徴収税額二、六〇〇万五、四七八円を除いた五、七五一万四、七〇〇円が申告納税すべき所得税額であるのに、同五七年三月一五日、同市同区寒東一条五丁目三番四号所在の所轄札幌南税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が六、六九〇万九、五四五円であり、。これに対する算出税額が三、五九七万一、二〇〇円で、前記源泉徴収税額等を除いた九九六万五、七〇〇円が申告納税すべき所得税額である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限である同日を徒過させ、もって不正の行為により昭和五六年分として申告納税すべき正規の所得税額とその申告納税額との差額四、七五四万九〇〇〇円を免れ。

第二  同五七年分の実際総所得金額が一億三、二六一万三、一五四円であり、これに対する算出税額が八、四五四万二、五〇〇円で、源泉徴収税額二、五六五万〇、八三四円を除いた五、八八九万一、六〇〇円が申告納税すべき所得税額であるのに、同五八年三月一五日、前記札幌南税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が六、九九八万〇、五三四円であり、これに対する算出税額が三、八一一万三、九〇〇円で、前記源泉徴収税額を除いた一、二四六万三、〇〇〇円が申告納税すべき所得税額である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限である同日を徒過させ、もって不正の行為により昭和五七年分として申告納税すべき正規の所得税額とその申告納税額との差額四、六四二万八、六〇〇円を免れ。

第三  同五八年分の実際総所得金額が一億三、三四一万三、九六八円であり、これに対する算出税額が八、五一二万円で。源泉徴収税額二、五七三万二、四〇七円を除いた五、九三八万七、五〇〇円が申告納税すべき所得税額であるのに、同五九年三月一五日、前記札幌南税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が六、八三二万九、八六八円であり、これに対する算出税額が三、六九三万七、二〇〇円で、前記源泉徴収税額を除いた一、一二〇万四、七〇〇円が申告納税すべき所得税額である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限である同日を徒過させ、もつて不正の行為により昭和五八年分として申告納税すべき正規の所得税額とその申告納税額との差額四、八一八万二、八〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全部について

一  大蔵事務官作成の「売上金額調査書」(八枚綴のもの)、「仕入金額調査書」、「専従者給与調査書」、「専従者控除調査書」及び「青色申告控除調査書」とそれぞれ題する各書面

一  北中一二三の大蔵事務官に対する質問てん末書三通

一  北中一二三の検察官に対する供述調書中二二枚綴のもの

一  比田勝富の検察官に対する供述調書

一  河野喜美子の検察官に対する供述調書

一  検察事務官作成の昭和六〇年三月七日付報告書

一  大蔵事務官吉田敏洋作成の調査事績報告書

一  北海道衛生部地域医療課長作成の「捜査関係事項照会について(回答)」と題する書面

一  大蔵事務官坂本学らの作成の調査事績報告書(北海道拓殖銀行月寒支店との取引についてのもの)

一  大蔵事務官藤田誠外一名作成の昭和五九年七月三日付調査事績報告書

一  大蔵事務官塚本克己作成の昭和六〇年一月三〇日付調査事績報告書

一  大蔵事務官小野智也作成の調査事績報告書

一  大蔵事務官立川常雄作成の調査事績報告書三通

一  大蔵事務官作成の「青色申告の承認の取消決議書」と題する書面の謄本

一  押収してある所得税確定申告書綴一綴(昭和六〇年押第一〇四号の19)及び青色申告者書類つづり一綴(同押号の20)

一  被告人の検察官に対する供述調書二通

一  被告人の大蔵事務官に対する昭和五九年六月二六日付、同月二七日付、同年七月一八日付及び昭和六〇年二月一九日付各質問てん末書

一  被告人の当公判廷における供述

一  第一、三、五、六回各公判調書中の被告人の各供述部分

判示第一の事実について

一  大蔵事務官作成の「脱税額計算書」と題する書面(昭和五六年分についてのもの)

一  大蔵事務官作成の「雑費調査書」と題する書面

一  豊岡広至の検察官に対する供述調書

一  検察事務官作成の昭和六〇年四月一日付報告書

一  比田勝鉄夫の検察官に対する供述調書

一  大蔵事務官志釜弘章作成の臨検てん末書

判示第二の事実について

一  大蔵事務官作成の「脱税額計算書」と題する書面(昭和五七年分についてのもの)

判示第三の事実について

一  大蔵事務官作成の「脱税額計算書」と題する書面(昭和五八年分についてのもの)

一  大蔵事務官作成の「旅費交通費調査書」と題する書面

一  中田守作成の「答申書」と題する書面

一  大蔵事務官藤田誠作成の調査事績報告書

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、「被告人は、長年にわたって継続的に株式取引、商品先物取引を行ってきており、その間右各取引により昭和五六年度は二億円以上の、昭和五七年度は一億以上の、昭和五八年度は六、〇〇〇万円以上の各損失を被っているところ、右各取引はその回数、取引株(口)数とも大規模なものであり、そのやり方も院長業務の片手間に行っていたものではなく、院長室及び月寒グランドハイツ四〇九号室河野喜美子方において河野を助手として使用するなどして昼夜を問わず被告人のほとんどの精力を費やして行っていたもので、その規模、被告人の費やした精神的肉体的労力、人的物的設備等に照らすと、被告人が行っていた株式取引及び商品先物取引はまさに所得税法上の事業に該当するというべきであり、これら取引から発生する所得は事業所得であって、本件起訴にかかる右各年度に発生した各損失を損益通算すれば、各年度とも所得税ほ脱の結果が生じていない」旨主張する。そこで検討するに、前掲関係各証拠に、証人高田守康、立川常雄及び高田イネの当公判廷における各供述、第二回公判調書中証人北中一二三及び同比田勝富の各供述部分、第七回公判調書中の証人河野喜美子の供述部分、第八回公判調書中証人岩佐栄次の供述部分、第九回公判調書中の証人宮田靖雄の供述部分、証人厚川凱昭に対する当裁判所の尋問調書、河原田博義及び河野喜美子(昭和五九年六月一九日付)の大蔵事務官に対する各質問てん末書、大蔵事務官大岡勉作成の調査事績報告書三通、大蔵事務官檜森造ら作成の調査事績報告書、大蔵事務官竹中陽二ら作成の調査事績報告書、大蔵事務官中野晶博ら作成の調査事績報告書、大蔵事務官竹中陽二作成の調査事績報告書(日興證券株式会社新宿東口支店との取引状況についてのもの)、大蔵事務官辻村竹美作成の調査事績報告書、厚川凱昭及び鷹松敏雄作成の答申書と題する各書面、大蔵事務官小川淳一及び佐藤隆作成の各臨検てん末書並びに大蔵事務官作成の「雑所得調査書」と題する書面を総合すると、

1  被告人は、北全病院の院長を務める医師であるが、かねて株式取引等に興味を持ち、医業の傍ら自ら株式取引を行っており、その取引形態も昭和五四年ころ以後はほぼ全面的に信用取引で、同五七年からは商品先物取引も行うようになり、本件当時(商品先物取引については同五七年以後)も継続的に多数回にわたって株式及び商品先物取引を行っており、その取引ごとの取引株(口)数も多く、被告人が行っていた取引は相当大規模なものであったと評価でき、右取引のため被告人は、証券会社の営業員等から提供される情報のほか、関係の業界紙、雑誌、一般書籍等を読んで情報を収集、研究するなどし、取引に当たってはこれらに基づいておおむね自らの判断で売買の指示をし、また海外商品の先物取引では市場の時差の関係で、市場の動向を聴きつつ取引の指示を出すために深夜まで業者の営業員と電話連絡を取り合うなど、被告人がこれらの取引に費やした精力も軽視し難いものであり、かつ、結果として、これらの取引により、本件各犯行年度においておおむね弁護人主張のような損失が生じたこと

が認められる。

しかし右同証拠によれば、

2  被告人は、昭和二六年一〇月に医師免許を取得後、開業医、生命保険会社の勤務医、札幌医科大学の助手、伊達・札幌・小樽の病院の勤務医等を経て、同四八年一月精神科及び内科病院として北全病院を開設し、自らその院長に就任し、本件当時も特に支障がないかぎり毎日病院に出勤し、院長として病院の業務全般を統括掌理し、医師の招へい確保、職員の人事管理・給与の決定、一般事務書類等の決裁、支払小切手の振出などの業務を処理するとともに、同病院は、入院患者約二六〇人、看護婦その他の従業員約七〇名という大病院であるが、種々の事情から医師の確保が難しく、患者の診察を他の医師に任せて院長業務のみに専念できるような状態ではなく、被告人も必要に応じて精神科の医師として自ら患者の診療治療に当たっていたこと

3  本件当時被告人が株式及び商品先物取引の追加資金に充てていたのは、病院の正規の収入等ではなく、薬品業者北中一二三と北全病院の間で行っていた薬品の架空仕入によって取得した隠し所得をもっぱらこれに充てていたものであること、北中との架空仕入による所得とは、北全病院が薬品業者の北中から薬品を仕入れたことにし、その代金相当分の金員を北中に支払い、北中がこれから手数料を差し引き、残金を被告人に返戻するという方法によるものであり、北中との具体的な折衝は北全病院で薬品の仕入を担当していた被告人の妻富が行っていたが、被告人も当初からこれを了承していたこと、このような取引は昭和五四年春ころから行われており、残金返戻の方法も当初は富を通じて現金でなされていたが、本件当時は原則として、その為に被告人が開設した被告人の仮名預金口座に振り込むという形で行われていたもので、このようにして被告人が得た隠し所得は昭和五六年度分五、三四九万四、〇〇〇円、昭和五七年度分五、三四八万一、五二〇円、昭和五八年度分五、八〇六万八、〇〇〇円に上ること

4  被告人は、従前取引証券会社の一支店に被告人本人名義の口座を設けここで株式取引をしていたが、昭和五四年四月一日からの租税特別措置法及び同法施行令の改正を見越し、その直前に取引支店、取引名義を分けて取引口座を架空人名義、家族名義、他人名義等に分散し、あるいは商品先物取引においても他人名義等を用いて取引し、また右法令の改正前においても株式取引等による所得が課税対象と認定されないよう年間の取引回数等に配慮するなど終始被告人の株式及び商品先物取引による所得が営利を目的とした継続的取引による課税対象所得として捕捉されないよう種々工作していること

5  弁護人が主張するように河野喜美子は、月寒グランドハイツ四〇九号室において、前述のように被告人を訪ねてくる業者の営業員等への茶菓の接待、営業員からの電話の被告人への取次、商品先物取引の商品の値動きのグラフの作成等をなしていたことがあるようだが、しかし、河野は、昭和四五年に、当時勤めていた病院で被告人と知り合い、同五〇年に北全病院の看護婦となったものであるが、知り合って間もなくから現在に至るまで被告人と情交関係をつづけ、同五三年以後は同病院の外勤職員との名目で、右のような被告人の手伝のほかは、ごくたまに病院に看護婦を紹介したり、退院患者の余後調査を手伝う程度の仕事をするだけでかなりの額の給与の支払を受けているものであり、河野が被告人のために右のような手伝をしていたのも同女と被告人との右の特殊な関係からであり、また所論の月寒グランドハイツ四〇九号室は、本来河野がその居室として購入したもので、被告人が同室において深夜まで商品先物取引のための電話連絡等をし、証券会社等の営業員らがしばしば同室を訪れたのも、そこが被告人の事務所等であったからではなく、被告人と河野との特別の関係から被告人が毎晩のように同室に泊っていたからにほかならないこと

6  被告人は、その株式及び商品先物取引について帳簿等を作成したことは一切なく、その取引から多額の利益を得た年もあるのに、事業所得としてであれ雑所得としてであれ、納税申告にあたり、これを収入に計上したことはなく、本件各犯行年度の前記各損失が事業所得に係るものとして損益通算されるべきであるとの主張も本件で訴追を受けてから考えたことであること

7  被告人及びその家族の生計の資は、もっぱら被告人及び妻富の、北全病院の院長及びその職員としての病院からの給与によっていたこと

が認められ、右認定に反する被告人の当公判廷における供述部分、第三、五、六回の各公判調書中の被告人の各供述部分、第二回公判調書中の、証人北中一二三及び同比田勝富の各供述部分、第七回公判調書中の証人河野富美子の供述部分は右の各事実及び先に掲げた各証拠に照らしとうてい信用できない。

以上認定してきた事実を総合的に判断すると、被告人の行っていた、株式及び商品先物取引は、継続的に、かつかなり大規模に行われていたとは言え、右2ないし7で認定した諸事情からみて未だ社会通念上被告人の事業と認めるに足る実態を具備しているとは言えず、所得税法上の事業には該当しないものというべきである。

二  また弁護人は、「被告人は、比田勝富と北中一二三との間で行われた架空取引には一切関与しておらず、そのことについて認識さえしていなかった」とも主張し、これを無罪主張の一理由としている。しかし、北中との架空取引による収入については、当初は富を通じて現金で、本件当時は被告人の仮名預金口座に振込入金され、被告人が自らこれを費消していたのであって、それだけの収入があること、にもかかわらず所得税の確定申告に当たってそれが収入に計上されておらず、本件各年度の確定申告書の内容が虚偽であり、右の秘匿した収入分だけ課税所得が低く計算されていることは本件当時被告人も承知していたことは、被告人自身の当公判廷における供述によっても明らかであり、所得税ほ脱の故意としてはそれで充分であり、その収入が架空取引によるものであることの認識の有無は犯罪の成否に直接は関係しないが、所論に鑑み若干付言すると、前掲各証拠によれば、先に認定したとおり架空取引による被告人に対する北中からの返戻金は、当初は富を通じて現金で、後には被告人の仮名預金口座への振込という形で全て被告人に渡っていること、架空取引のための北中に対する支払が正規の薬品代金の支払とは異なった方法で行われていること、北中との架空取引は前記認定のとおりかなり大規模なもので、しかも当時被告人は所得税法違反の罪で執行猶予中の身であったことを考えれば極めて危険なことであって、富が被告人に無断で出来る事柄とは考えられず、また富には、あえてそのようなことをしなければならない理由も必要もないことなどの事実が認められ、これらの事実に照らせば、架空取引のことは被告人も当初から知ってこれを了承していたとの被告人、富及び北中の検察官に対する各供述調書の記載は大筋において信用するに足り、これを否定する被告人の当公判廷における弁解は一貫性がなく不自然でとうてい信用できない。

よって、弁護人の主張はいずれも採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条に該当するので、各所定刑中いずれの罪についても懲役刑及び罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により判示各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で処断すべきところ、本件が誠に巧妙な手口の脱税事件であること、脱税額も合計一億四、二一六万〇、四〇〇円と非常に高額であり、ほ脱率も約五六パーセントと高率であること、被告人は昭和五三年に同じく所得税法違反の罪で懲役一年六月、執行猶予三年、罰金三、〇〇〇万円という判決を受けているにもかかわらず、その猶予期間中から前述の架空取引を始めたものである上、捜査、公判いずれの段階においても、一旦は犯行を認めるものの、後には被告人が関与していたことが明らかな架空取引についてもその存在を否定したり、認識がなかった旨供述するようになるなど真摯な反省の態度がみられないこと等を考慮すると、被告人は起訴にかかる三年間において株式取引及び商品先物取引で大きな損失を被っていること、更正決定後、本税は納付していることなど被告人のために酌むべき事情を最大限に斟酌しても被告人の刑事責任は重いと言わざるを得ないので、被告人を懲役一年二月及び罰金四、〇〇〇万円に処することとし、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

(求刑 懲役二年、罰金五〇〇〇万円)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西田元彦 裁判官 三上英昭 裁判官 今井功)

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